ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

 サン・アクト株式会社は京都で、環境や緑化だけでなく、
深く多様な衣食住空間をできる限り発信することを目指す企業です。
 ベンチャー企業社長である、私自身が語る挑戦と苦闘の日々。
また、妻と5人の子供達の歩み、そして様々な方へ、私なりの思いをこのブログで発信続けていきます。
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2018.02.03 Saturday | - | - | -

新潟県中越地震から6年:すべては人の心から始まり、人の心で終わる。

 2004年10月23日17時56分。今日で6年。それが、新潟県の中越地方が震源となった「新潟県中越地震」。

 とあるブロガーからの「依頼」から、私なりに当時、できることを始めた。特に私の場合、阪神・淡路大震災の被害は無かったが京都も少なからず被害があった。そして、友人がまさに被災者だった。
 神戸の場合、地震発生から数ヵ月後、京都から電車に乗り、神戸に近付くにつれ、車窓から見える景色が徐々に変化していき、神戸の三宮で、地震の被害を目の当たりにした。映像ではは分かり得ない臭い・音といった五感を通じて。そこで当時の私は何もできないことを痛感した。

 私のこのブログのサイドバーに「新潟の地震関連」というカテゴリがある。

 そのエントリの中で、最も印象的かつ強烈だったものが、「新潟中越地震、ある被災者の方の声」だ。実際に被災された方とメールでやりとりを行い、現地の生の声を私が少し加工して掲載した。是非とも、心より一読いただきたく思う。
 この被災者の声は、新潟県の泉田知事にもある方を通じて届けた。また一部のメディアにも実際に出た。
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2010.10.23 Saturday | 新潟の地震関連 | comments(0) | trackbacks(0)

イノベーション合宿@新潟「地域活性化合宿in南魚沼」の成功をお祈り致します。



 四つ葉のクローバー、それは「幸福」のシンボル。

 現在、過日の新潟県中越沖地震で被災された方々には、まだまだ「幸福」という状態ではなく、またいつ「幸福」が訪れるのか誰にも想像がつきません。門外漢の私が言うべき立場にもありません。
 ただ、私の過日のエントリである「何とか風評被害を払拭する方法はないものだろうか:中越沖地震」で書いたように、宿泊施設のキャンセルなど、風評被害による大きな影響が現実として存在し、今も続いていると私は考えています。

 そのような今、「ガ島通信様」もスタッフの一員として、様々に積極的な活動をされている「大手町ビジネスイノベーションインスティテュート(OBII)」では、8月18日から19日に「イノベーション合宿@新潟「地域活性化合宿in南魚沼」を実施されるとのこと。

 実際に、新潟という現地において、現地の方と共に意見交換されることは、私には到底、無理なことであり、「ガ島通信様」や大手町ビジネスイノベーションインスティテュート(OBII)の皆様の熱意に敬服いたします。

 以下、「ガ島通信 - イノベーション合宿@新潟「地域活性化合宿in南魚沼」を開催します」より一部引用です。
合宿では、地元のNPO「南魚沼もてなしの郷」の協力を得て、新たな観光プラン(旅物語)とそのプロモーション方法を考えます。

中越沖地震でも多くのボランティアの方が活躍されていますが、OBIIが目差すのは「知のボランティア」です。様々な経験を持つ人たちが、年齢や性別、立場を超えて一つの目的のために集まり、問題解決を行います。ぜひ、皆さんの知恵を貸して頂ければと思います。

 また、「OBII 大手町ビジネスイノベーションインスティテュート: イノベーション合宿@新潟「地域活性化合宿in南魚沼」」では、今回の合宿を契機に、以下のようにも述べられています。一部引用です。

この試みを通じて、南魚沼地域だけでなく、同じような悩みを抱える全国の観光地を救うべく、みなさんとともにイノベーションを起こしたいと考えています。

 私は、この視点が非常に大切だと考えます。京都は日本を代表する観光地の一つです。祇園祭や秋の観光シーズンの際は、宿泊施設の予約がとれず、近隣の滋賀や大阪で宿泊し、そこでの観光もされながらも、最大の目的地である京都で観光されるというのが現状です。
 換言すれば、何らかの形で「京都」を観光できなくなった場合、京都だけでなく、予約を想定していた他府県の宿泊先や観光地など関西圏全体に大きな影響を及ぼすということになります。

 このように地方の観光地だけでなく、経済の基礎体力は違うと言えども、地震や豪雨などの気象災害による被害が発生した場合、京都といった代表的な観光地においても、京都周辺の地域全体に大きな影響を与えることとなります。

 関西・淡路大震災がその最たる例とも言えるでしょう。

 また我々も、京都の観光地を主たる顧客としており、他人事では済まされないことと常に認識しています。

 もちろん、今回の合宿の主旨は、バブル崩壊や公共事業削減などによって基礎体力を失った「地方の観光地」をいかに活性化させることを現地の方と共に模索し、現実的なプランをOBIIならではの視点で構築する試みにあります。

 参加方法やイベント内容の詳細は、「OBII 大手町ビジネスイノベーションインスティテュート: イノベーション合宿@新潟「地域活性化合宿in南魚沼」」に掲載されています。是非、皆様、参加のご検討や、ブログでの紹介などをお願いいたします。

 今回の合宿が発端となり、「四つ葉のクローバー」のシンボルである「幸福」が被災された方々の心だけでなく、できるだけ早い時期に現実に訪れることになればと考えています。
 そのためにも、今回の合宿の成功を心より祈念すると共に、できるだけ多くの方々が参加され、充実した意見交換はもちろんのこと、日本全国の問題として、今後、自然発生的な形で各地で同様の合宿・意見交換の場が生まれることを期待しています。

 先に述べたように、いつ幸福といえる状態になるか誰しも予想できません。

 ただ、合宿当日の南魚沼の空に「合宿成功」を示す、心だけは幸せになれるハート型の雲が出ることを期待しています。



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2007.08.03 Friday | 新潟の地震関連 | comments(2) | trackbacks(1)

何とか風評被害を払拭する方法はないものだろうか:中越沖地震

 一週間以上前の記事だが、「「「死んだ町に…」風評被害で観光地閑古鳥」事件です‐災害ニュース:イザ!」がある。下記に一部を引用する。
 新潟県中越沖地震の風評被害が夏本番を迎えている観光地を直撃している。新潟県旅館組合によると、地震以降約2万人が宿泊予約を取り消した。深刻なのは柏崎市から30キロほど離れた長岡市寺泊。関東や長野からも海水浴客が訪れる日本海側有数の海水浴場だが、7月の予約の8〜9割がキャンセル。3年前の中越地震から復興した長岡市蓬平温泉でもキャンセルが相次いでいる。柏崎刈羽原発事故の影響を心配する声もあり、風評被害を払拭(ふっしょく)するには時間がかかりそうだ。

(一部割愛)

「人出は例年の1割。風評被害は中越地震よりひどい。このままじゃ死んだ町になっちゃう」と山田栄三郎組合長も心配顔だ。

 中越地震から立ち直りかけている長岡市蓬平温泉も「和泉屋」「福引屋」「よもやま館」では7月中のキャンセルが700件に達している。和泉屋は県と市からの3億円の制度資金で建物を再建、経営も軌道に乗り始めた直後で、女将の田崎久子さんは「返済も順調でこれからという時期。450件のキャンセルに血の気がうせました」と頭を抱えている。
(太字は私によるものです。)

 中越地震からやっと立ち直られかけている観光地の方々にとって、今回の中越沖地震でさらなるダメージを受けておられるような感じだ。やはり、原発事故による不安が主な原因なのかもしれない。

 引用した記事で紹介されている新潟県旅館組合の公式サイト:「温泉で 米・酒・肴 花と雪…新潟の旬の情報満載! 新潟県旅館組合公式サイト「よりなれえちご」」では、トップページに以下のように掲載されている。

新潟県中越沖地震について

7月16日に発生いたしました新潟県中越沖地震に関しましては
全国の皆様に大変ご心配をおかけしております。

柏崎市を中心にマスコミ等で被害状況が報道されておりますが
直接の被害は限られた地域です。
他の組合施設は、平常通り営業を行っております。
皆様には正確な情報をご確認頂きます様お願い申し上げます。

また、被災されました皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
1日も早い復興をお祈り申し上げます。

 また、新潟県観光協会の公式サイト:「うるおいの新潟 観光ガイド」でもトップページに以下のように掲載されている。下記の引用文からさらに詳細の情報がリンクされている。
県内の海水浴等の情報
原子力発電所周辺では発電所からの人工放射性物質は検出されていません。専門家による立入調査でも、健康への影響はないとの結論が出ています。海水浴場で人口放射性物質は検出されませんでした。

県内温泉地宿泊情報
柏崎エリアの一部を除き、全て通常どおり営業しています。

県内各地域観光施設情報
一部の地域を除き、全て通常どおり営業しています。

県内各地域のイベント情報
ほとんどのイベントは地震の影響はなく、予定どおり開催される予定です。

交通機関情報
柏崎エリアの一部を除き、全て通常どおり運行可能な状況です。

 このように、旅館組合・観光協会とも、懸命に詳細な情報を発信し、風評被害の拡大防止に努めておられる。

 ただ、実際は、先に引用したように地震発生直後に多くの予約キャンセルがなされたのが実態ではないだろうか。
 元ホテルマンの経験から言えば、ホテル・旅館業というものは、一日でも一つの部屋が空いてしまえば、取り返す・取り戻すことができない。様々な策を講じて、「予約」という形で、部屋を事前にうめていく。しかし、予想もできない地震発生、そして必ず生じる風評被害、そして大量のキャンセル。

 直接、被災された方々だけでなく、間接的に大きな被害を受けておられる方々も存在しているということ。

 今回のエントリには結論も無ければ、自分自身の意見・考えなど皆無だ。
 ただ、一個人として、今は、これらの情報をエントリとして掲載するしか手段は無いと考えた。もちろんエントリしたからといって「風評被害」が減るわけでもない。私一人で新潟に旅行することで解決するわけでもない。

 一個人として何か「風評被害」を減らすことはできないだろうか。新潟に限らず、同じことはいつでも、どこでも繰り返されるのだから。

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2007.07.30 Monday | 新潟の地震関連 | comments(0) | trackbacks(1)

一個人としてできることをやるしかない:中越沖地震

 昨日、昼の10時過ぎに何気なく子供たちの部屋に行った私。

 子供たちがつけたままにしていたテレビで新潟で地震発生との速報が流れていた。

 正直言って、映像を見た瞬間、「またか」と思った。私だけではないだろう。日本全国の多くの方々が、同じような思いをされ、そして傍観者の私が書くだけでも失礼なことだが、現地の方々も、地震直後には、同様の思いをされたのではないだろうか。

 次第に情報が集められ、平成16年10月に発生した中越地震同様、大きな被害が発生していることが判明している。「何とかしなければ、何ができるだろうか」という思いをさらに強くされた方も多いだろう。

 今、被災地の方々がどのような思いでおられるのか想像もできない。

 昨日、今日と私のサイトにも「企業の救援物資」・「新潟 企業 地震」・「新潟中越地震 回数」・「新潟 地震 速報」・「異常気象 地震」・「被災者の方 文章」・「元気出していこう 新潟」といった検索語句でアクセスされている方がおられる。

 今、一人の人間として「すぐに」できることの一つは、地元で情報発信されている方々を紹介することではないかと私は考えている。

 中越地震で自ら被災されたあるブロガーがおられる。私も当時、何度かやりとりさせていただいた。そして、今回も現地から情報を発信されている。以下、一部引用だけとなるが紹介し、私なりに「すぐに」できることをしたい。

新潟中越地区地震緊急掲示板(跡地)

新潟中越地区地震緊急掲示板(跡地) 平成19年7月16日の地震関連
以下、上記エントリから一部引用
いまさらですが、地震の時あったらいいものの一番を挙げろと言われればワタシは「自家用車から電源をとるコンバータ」をまっさきにあげます。エコノミー症候群や一酸化炭素中毒に充分気をつければ自家用車は自家発電機つきの移動住宅になりえます。今ならホームセンターや家電屋さんでそういったコンバータが数千円で買えるはず。車に一台常備しておくことをお勧めします。

災害伝言ダイアルというのはかなり便利ですが、まったく使ったことがないと意外に手間取ります。こういうものの使用は一年に一回くらい子供たちに学校で避難訓練の際に実際にやらせておくとか、一般企業でも健康診断なんかと一緒に練習をしておくといったことが必要なんじゃないかとボンヤリ考えていたりするのですが、いかがなもんでしょう?一回使ったことがあるのとまったく初めてではかなり差がでます。

さてうちのあたりの実際の今日の様子ですが、かなり揺れました。揺れだした瞬間はああ地震かくらいの気でいたのです揺れが意外に長く続き大きくなるのを感じて「またかよー・・・」と一瞬あきらめというかうんざりした気持ちになりました。いやほんとなんつうか虚無感みたいなもんがね・・・。


新潟中越地区地震緊急掲示板(跡地) 平成19年7月16日中越沖地震発生後第一夜
以下、上記エントリから一部引用
テレビに映っためちゃくちゃになった家屋の内部や倒壊した家の軒先に放心したように座る住民の姿、病院や避難所の様子なんかを見ると「あ〜〜〜おんなじ光景だ・・・」とフラッシュバックがおこります。

とりあえず電気は三日ほどで復活するはずですが、その際にはコンセントまわりには充分気をつけてください。おちてきたモノなんかがコンセントにつまってたりすると危険です(これは地震のときじゃなく平常時に一回怖い目にあったことがある)。電気が通る前にお知らせがまわってくるとは思いますが。。。

水も心配だと思いますが、一週間くらいで復旧するはずです。ガスが結構かかるんだよなあ。そうなるとお風呂が心配だと思いますが、人間汚くって死ぬことはないということなんで(入院中主治医が言い切った)ちょびっと我慢してください。

ただ入浴は被災後にほんとに気持ちのリフレッシュになるので、機会がみつかりしだい・場所が見つかりしだいお風呂なりシャワーなりを使ったほうがいいと思います。ワタシもWEB上で入浴できる施設探して見つかりしだいリンクに追加します。


新潟中越地区地震緊急掲示板(跡地) 平成19年度新潟県中越沖地震 情報収集用リンク
上記リンク先でこれからも情報提供されるとのこと。

 引用だけの私としては異例のエントリだが、まず再度になるが、すぐにできることから始めていこうと私は考えている。

 他にも情報をまとめておられるサイトを紹介し、エントリを終えることとする。

ガ島通信 - 新潟県中越沖地震に関する情報サイト

くりおね あくえりあむ: 新潟県中越沖地震 義援金・ボランティア等支援情報
くりおね様は他にも情報提供のエントリを多数、あげられています。

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2007.07.17 Tuesday | 新潟の地震関連 | comments(0) | trackbacks(6)

新潟中越地震、まもなく一年

 平成16年10月23日午後5時56分頃、新潟にて大規模な地震が発生しました。
 まもなく、そしてあれから一年が経過しようとしています。地震発生直後から、数ヶ月、私なりにできる限りのことはやりました。もちろん微力でかつ効力の無かったものかもしれません。
 あれから一年を振り返り、まずは私の「地震関連カテゴリ」をご覧下さい。
 そのカテゴリの中でも、
新潟中越地震、ある被災者の方の声」をご覧いただき、お世話になったブロガー各位、ほぼ一年前を思い出していただければと存じます。
 私は、被災された方々にお役に立てることは何もできませんでした。単にネット・ブログ経由で情報発信させていただく程度でした。私の力不足に対し、本当の意味で被災された方々にお詫び申し上げると共に、また始まる冬の季節を乗り切っていただくことを祈念するだけです。
 本日を持って、新潟関連のロゴやリンクをはずさせていただきます。本当に、何もできませんでした。一度も新潟へ足を運んだことのない人間が、ネットという安易な手段でやりとりしただけです。
 微力で何もできず、そして何もやらず、申し訳ありませんでした。

関連カテゴリ:「新潟中越地震
2005.10.22 Saturday | 新潟の地震関連 | comments(4) | trackbacks(6)

「元気だしていこー!新潟」のロゴをブログに貼りませんか?



 今日、私のサイトのサイドバーに「元気だしていこー!新潟」のキャンペーンロゴを貼りつけました。
 これは、「新潟県ホームページ:新潟県中越大震災に関する情報」という新潟県の公式サイト内にある「元気だしていこう!新潟のスローガンについて」からダウンロードさせていただいたものです。

 追記1):しばらくの間、トップ記事にさせていただきます。
 追記2):15サイトから20サイト以上の皆様にロゴ貼りつけいただいき、日々増加しています。皆様、御礼申し上げます。
 追記3):できれば、皆様、「貼り付けた」というコメントだけでなくトラックバックもお願い致します。
 追記4)コメントやTBしていただいていない方も、ご賛同いただいています。本当に感謝いたします。今週まではトップに挙げますが、是非ともこれ以上のご賛同をお願い申し上げます。

 これは、いつもお世話になっている「ヤースのへんしん」様の「元気だしていこー!新潟」という過去のエントリーからの情報です。
 ヤース様は、
このロゴマークをブログに貼り付けるくらいは、してもいいんじゃない。これを見た人が意識してくれるだけでも、有意義なことです。お金を使うとか、体を動かすとか、できる人は「俺は体を動かしたり、寄付したりしてるのに、お前たちは何をしてるのか?」とか簡単に言うけど、できない人はできないわけで、でも意識を持つことはできると思うのです。小さなことから、やってみませんか?

と、ご自身のエントリーでこのように書かれています。
 私も過去に、「地震ばっかりに目を向けるな」とのご批判も受けたこともありますが、地震発生時以降、多くのブロガーの皆様のご賛同を得ることができました。もちろん、この私のサイトを見ていただいている方は、そんなに多くはおられないと思いますが、可能であれば、私のサイドバーのように、ロゴを貼り付け、新潟県の公式情報サイトへリンクさせ、多くの皆様に、今、新潟の被災された方だけでなく、応援されている方も含め、最新の情報を得るための自分なりのブックマークとしてリンクをいただければと思います。
 確認しましたが、公式サイトは「リンクフリー」で、ロゴも「加工して良い」そうです。皆様、少なくとも新潟の方々が、この冬を乗り切られるまで、ロゴを貼り付けるなどのご協力を願えませんでしょうか?
 私が思う大切なことは、
ロゴを貼ってもらうことが主眼ではなく、
公式サイトに訪問いただくことが主眼でもなく、
ロゴを貼ってみようかな、と思う気持ち、
公式サイトへ訪問してみようかな、と思う気持ち、

そんな気持ちをまずは、皆様に少しでも共有・意識していただければということです。
 昨今、私は、世間で起こっている様々な事象を見て、すぐに反応したり批判するのではなく、「片意地張らず、やりたいという気持ちが起これば、逆に物事は進のでは」という考え・意識に変わりました。「行動」も大切ですが、まずは「気持ち」がそれよりも大切なのではと私は思います。ロゴを貼ることは押し付けではありません。重複になりますが、貼ろうという気持ち、公式サイトへ訪問しようという気持ちを私は大切にしたいと思います。

ご参考:私の過去の関連エントリー
新潟中越地震、ある被災者の方の声
我々がやってきたこと、そしてこれからも
関連カテゴリ:「新潟中越地震
2005.03.06 Sunday | 新潟の地震関連 | comments(20) | trackbacks(13)

マイナス3度は暖かいくらいだった。

 先ほど、帰宅し、パソコンに向かっています。皆様のコメント返信・TBについては、明朝までお待ちください。またもや、JUGEMが不安定です。
 「元気だしていこー!新潟」のロゴをブログに貼りませんか?」については、早速、数名のブロガーの皆様が賛同いただきました。トラックバックやコメントをしていただいていないブロガーの方々も、賛同いただき各位のブログにてロゴを貼り付けていただいていることを確認しています。この場を借りて、皆様に御礼申し上げます。また、今週末頃までは、昨日のエントリーをトップになるようにし続けます。是非とも、このブログをご覧いただいているブロガーの皆様、ご賛同いただければと本当に感謝の念に耐えません。
 私は青森で数年間、生活しました。冬になると「水抜き」というものをしなければなりませんでした。「水抜き」の詳しい説明はしませんが、水抜きをしないと水道栓が凍りつき、いわゆる蛇口をひねっても水が出ない状況になるわけです。だから冬になると毎日、天気予報を見て、明日の最低気温・最高気温をチェックし、「水抜き」をその日の夜にするわけです。
 私が青森に滞在していた頃は、それこそ10年近く前になります。だから、今、豪雪地帯の皆様がどのような「水抜き対策」をされているかは分かりません。天気予報を見て、最高気温マイナス1度、最低気温マイナス3度となれば、「水抜きは無し」でした。要するに明日は暖かい一日ということです。最低気温がマイナス6度程度で「水抜きをするかしないか」を判断していました。
 私が「新潟の地震にこだわる理由」は、この原体験にあるのではないかと思っています。それほど、雪あるいは低温というものは日常生活を左右します。雪国の方にはご経験済みかもしれませんが、「ドアが凍って開かない」、「駐車スペースの除雪を出発時にして、帰宅頃に駐車スペースに駐車するために、除雪をする」といった行為。また、屋根に積もった雪を取り除くために自宅の屋根に上って、屋根から滑り落ちそうになった経験など。それほど、雪というものは、過酷な生活を強いられるものなのです。換言すれば、「私の原体験」が無ければ、新潟の被災地の方の今、直面されているご苦労も理解できなかったでしょう。京都も「底冷え」というものがあります。しかし、水道栓が凍ることは滅多にありません。
 しかし、「少しの降雪で交通渋滞」や、それが「ニュースになるような雪国でない地域」の方にとって見れば災難かもしれませんが、豪雪地域の皆様にとっては、「そんなことニュースにするほどのものか」というのが本音だと思います。私も青森に滞在してこの気持ちが理解できました。逆に言えば雪国に滞在しない限り、理解できなかったでしょう。
 小さな日本列島ですが、
気候・季節については、大きく異なる日本。
「マイナス3度でも暖かい」と思う方々がおられる、
逆に「プラス33度でも涼しいくらい」という地域が

日本にあることを忘れてはなりません。
 小さな島国日本、そこには気候の違いだけで、「様々な意味での温度差」があるのです。私は、この「温度差」を感じられる方、感じている方が、今回、私がご提案したロゴを貼り付けていただいたブロガーの方々の共通認識ではないかと思っています。

関連カテゴリ:「新潟中越地震
2005.03.02 Wednesday | 新潟の地震関連 | comments(0) | trackbacks(0)

日本人の悪い癖

 私が米国留学時代に驚いたこと。かなり過去の話なので、今の米国の現状とは違うかもしれません。それは、電化製品のラインアップが、日本と比較して非常にシンプルであったということです。今はまったく主流ではありませんが、いわゆる音楽を聴く、録音するための「カセットテープ」。
 当時の日本では各社が競って、様々なデザインや薄型カセットを開発したりと、マーケットのニーズを超越していると思われる程の、多種多様なテープが日本では店頭に並んでいました。
 しかし、米国では、数種程度の普通の形状のカセットテープだけ、TVや冷蔵庫もシンプルなものばかりでした。反面、スポーツの盛んな米国ではスポーツ製品は多種多様でした。アウトドアグッズも。もちろん当時の米国の家電メーカーの衰退や、米国という多様な人種と、ほぼ同一といってよい日本を比較して考慮すると、いろいろと異論はあるかと思います。
 ただ、例えば毎月のように新製品が出ていると思われる携帯電話など、どうも日本のメーカーは自ら首を絞めているように思える時もあります。大ヒット商品は短命に終わるという少なくないであろう事例もあります。
 
 さて、今日、私が言いたいことは、日米のマーケティング事情や、メーカーの比較などではありません。今回のエントリーのタイトル、「日本人の悪い癖」。私なりの考えですが、「日本人は熱しやすく冷めやすい」ということです。少し上述した日米の比較を鑑みるとお分かりいただけるかもしれません。

 例えば、平成7年3月の地下鉄サリン事件。

 実は、当時、私も東京で仕事をしていて、かつ例の地下鉄沿線途上に会社はあったので、同僚に被害は無かったですが、まさしく「紙一重」の状況でした。

 例えば、平成7年1月の阪神・淡路大震災。

 私の米国時代の友人が、ちょうど神戸で自ら会社を立ち上げた直後の出来事でした。彼は、東京に実家があるので、被災数日後、自転車で神戸から大阪の伊丹空港まで走り、飛行機で東京へ戻りました。しかし、立ち上げ直後の仕事は頓挫し、会社復活までには非常に時間を要しました。そして、私も震災から約2ヵ月後程でしたか、電車が開通したので京都から神戸に向かい、彼の仕事の復活の協力をしました。今でも忘れられません。車窓からの風景が。京都から神戸へ向かう、ある箇所から沿線の風景が一変しました。本当にほとんどの家屋が倒壊していました。そして、神戸に到着しましたが、本当に凄まじい光景でした。

 そして、過日の新潟の地震。

 恐らく、私のこの拙いブログをある程度、毎日ご覧いただいている方はご承知のように、私なりにブログにおいて、できる限りのことをしてきました。地下鉄サリン事件で命を落とされた方、まだ後遺症に苦しんでおられる方、阪神・淡路大震災で命を落とされた方、まだ仕事や会社が完全に復活されていない方。このような方々にとっては、「もう過去のことは忘れたい」という当事者の方しか分からない思いをお持ちの方も多くおられるかもしれません。そして、上述したメディアに大きく取り上げられるような事件・事象以外に、様々な形態で、家族を失われた方もおられれば、今も後遺症に悩む方も多数、おられるでしょう。
 言い出せば、書き出せば、きりがありません。日航ジャンボ機の墜落なども過去にありました。ヒ素のカレー事件も。そして様々な事件や事象の「当事者」にならない限り、本質は分からず、かつ判断もできず、表現もできないでしょう。
 本当は、このようなことを書くとまた、いろいろと嫌がらせのブログ荒らしが想定されるので本当は書きたくないのですが、あえて書きましょう。サリン事件の時は、平成7年5月の教祖逮捕以前まで(その後もありましたが)、TVのワイドショーでは盛んに教団関係者を招き、視聴率を稼ぐのが目的ではないかと思うほど、毎日のように報道していました。そして、それまでのワイドショーのスポンサー広告が、教団関係者が出る頃にはスポット広告で、他の企業のCMが入っていた記憶があります。その後、ワイドショー等に出演した教団関係者は、ほぼすべてが逮捕されています。そして坂本弁護士のビデオテープに関するTBS事件というものもありました。逮捕された人間を、あるいは逮捕されるであろうと予見できた人間を、仰々しく、毎日のようにTVは、垂れ流していたわけです。「被害に遭われた当事者の方々の気持ちなど配慮せず」。ヒ素のカレー事件の際も、メディアは毎日のように報道していました。ご近所の方は大変だったと思います。

 さて、そろそろ本題に移りましょう。

 多くの日本人は、「上述した事件・事象の当事者でない方は、すっかり、これらのことを忘れておられませんか?」と私は問いたい。そしてメディアの方々は、「取りあえず、あれから何周年という形で毎年、恒例行事のように特集を、過去の事件・事象が形骸化されないように」といったフレーズのもとに。私はメディアの方を批判しているわけではなく、「このようなメディアの状況を甘受している日本人に皆さん、少し異常だと思いませんか」と言いたい。もちろん、追跡取材で長年、上述した事件を追い続けているメディアやルポライターと称する方々はおられるでしょう。しかし、無理な話かもしれませんが、「日本人全体が、もう少しまともになれないのか」と私は問いたい。
 このエントリーを見て、お前の「まとも」という定義は何かと問われるのであれば、私の過去の記事をすべてご覧いただければ、ご理解いただけると思います。私も含め、事件・事象の当事者になれば、分かるのかもしれませんが。日本人は、本当に熱しやすく、冷めやすい人種だと、私は最近、極めて感じています。

 最後に。

 新潟の地震で被災された方は、これからが本格的な戦いを迎えられます。そして、その戦いは、数年続くでしょう。あるいは、数十年。ブログ上で無く、実際に新潟の被災者の方にお会いして、私なりに、できる限りのことは今までやってきました。そして、これからもやっていきます。しかし、私一人では限界があります。
行政の方々、大手企業の皆様、そしてマスコミの皆様。特に大手企業の皆様、今一度、上述したすべての事件・事象でつらい思いをされた方々に、大手企業の皆様独自の力でご尽力をお願いいたします。今ある事象について貢献し、CSR報告書に掲載するよりも、息の長い、過去の事象について、それぞれの企業特有のアプローチで貢献されることが本当のCSRであり、企業が存続する意義である

と私は思います。 皆様、かなり、いつものようにコメントしにくい内容ですが、ご意見をいただければと存じます。
 「ガ島通信」様の「不謹慎なのかな〜?」に、久方ぶりにコメントをさせていただいたので、取り急ぎ、このエントリーについてもトラックバックさせていただきます。「ガ島様」これが、コメントさせていただいた私の一つの本音であり、コメントした要因でもあります。
 本当に、どうすれば世の中は良くなるのだろう? 皆さん、もしお子様をお持ちの方、20年後、地球はどうなっているのか、日本はどうなっているのか、本当に危惧されていますでしょうか。今を考えることも大切です。しかし、近い将来を考え、そして今、何をすべきかを考えることの方が、さらに大切であることを少しでも認識していただきたいと思います。
 少なくとも今から50年後、いわゆる私の子供たちが恐らく次の子孫を持つで可能性がある時期には、平均気温が今よりも11度上がっている可能性があるわけです。ご承知のように、今年は観測史上2番目に平均気温が高かった年だそうです。原因については、「地球温暖化」を含め、いろいろあるようですが、平均気温がもし11度上がったならば、生態系は壊滅状態になるでしょう。そのためにも、今から個々でできることを、それぞれの考え、そして行動で行うべきではないかと私は思い、かつ行動したいと思います。

関連カテゴリ:「新潟中越地震
2005.02.06 Sunday | 新潟の地震関連 | comments(13) | trackbacks(2)

まだ戦いは終わっていない!!

 私は青森に約5年間程、仕事の関係で滞在していました。毎年、青森でお付き合いのあった方々から、お歳暮として「リンゴ」が贈られてきます。ありがたい話です。逆に私もお世話になった青森の方々には、京都の逸品をお歳暮として毎年、お贈りさせていただいています。昨日も、青森のある方から、私どものお歳暮に対する御礼の電話がありました。津軽地方(青森県のどちらかと言えば日本海側半分)の方でしたが、電話があった日は、かなり吹雪がまっていたとのこと。(青森では例年と比較して初雪がかなり遅かったのです。)
 津軽の方、電話で、「今日は、かなり吹雪いたよ、これからが本番だべ
(今日はかなり吹雪が多くあり、やっと例年通り、雪との苦闘が始まる)
と、おっしゃっていました。豪雪地帯の雪との格闘が本格化しました。
 ちょうど、昨日、「寺たちの地震情報」様のサイトで、「勝手に請求しちゃだめ!」というエントリーがありました。被災地の方々の弱みを狙った事件で、私もコメントさせていただきました。私は、過去からかなり、新潟中越地震について、エントリーしてきました。そして今日、「山古志村の情報を下さい。」という私のエントリーに、上述のサイト様からトラックバックをいただきました。
 トラックバック記事、下記、引用です。ほぼ全文引用、ご容赦くださいませ。
昨日から雪が降り始めました。念法寺さんの地区の虫亀地区の方が昨日自宅に戻ろうとしたのですが、すでに雪の為に山古志に入れなかったそうです。このままでは、おそらく来年の春まで山古志村へ住民の方が入ることは難しいようです。先ほど、陽光台の仮設(楢の木・池谷地区等)へ食器・下着・懐中電灯・老眼鏡などを配りに行ってきました。そこで、知り合いの方からお話を聞いてきました。箇条書きします。

>地震後ヘリで救出された時は、避難所で死ななければならない、もうここには戻れないと思ったとのこと。
>お寺の法要でついさっきまで一緒にいた人が、小屋に積んであった藁につぶされてしまった。すぐに助け出すことが出来なかった。震えがとまらなかった。
>田んぼは棚田が崩れてしまって、どうすることも出来ない。
>雪下ろしは、ヘリで山古志に入り行政が雪下ろしをするらしい。(未確認)
>今年収穫した米は、とりあえず全部運び出すことが出来た。置き場所に困るくらいの量がある。

こんな話をしてくださいました。実際に話を聞くとテレビから入る情報よりリアルに響くもんがあります。今日はあまり話せなかったのですが、今度一人で行って、ゆっくりお話ししてこようと思っています。帰りに、山古志で収穫したお米と、紫色の大根(写真)をいただきました。この大根は山古志村でも山の方(高い土地)でないと上手に出来ないものだそうです。あと、お米は魚沼産に負けないくらいおいしいお米です。県外の方で見かけたらぜひ買ってください。

 なぜ、過去を含め、私は「新潟中越地震」にこだわるのか。私のサイトは、環境や緑化関係のベンチャー企業の社長日記なので、「地震」とは直接、関係の無い仕事ではあります。ある時、ある学生さんから「地球温暖化」についてどう思われますか、という問いを受けました。

その時、私が言ったこと。
地球温暖化という狭義な捉え方ではなく、気候変動という広義な考えで事象を見ればどうか。そして、排出権取引などや温暖化のメカニズムを考えるのではなく、必ず影響を受ける人間、そして生態系が、今、どうすれば良いかをまず、念頭に置けばどうか。

といった内容でした。
 今年は台風や真夏日の増加など、様々な気候変動がありました。そして「地震」。気候の変動にある裏側、それは「変動に格闘しなければならない、対峙しなければならない、そして生きていかなければならないといった方々が今も、存在されている」ということなのです。断言致しますが、これは日本だけでなく世界各国で共通して言えること。そして、気候変動という枠組みを外せば、「生き残ること」、あるいは、「生き続けること」だけしか、眼前に無い方々が各国におられるということ。
 weblogというものは、その日や現時点でのトピックスについて、自分なりに意見を述べることも大切だと思います。
しかし、逆に、過去の問題について、今もって心に刻み、そして、自らできる限りのことをすべきという点、そして、将来、起こりうる問題についても私見を述べること

を忘れてはならないと思います。
 豪雪を体験した方にはご理解いただけないと思いますが、「気候変動に関係なく、雪は本当に脅威であり、被災地の方には、これからが戦い、これからも戦いが続く」ということを絶対に忘れてはなりません。
 再度、申し上げます。押し付けがましい私見ですが、
日々のトピックスに流されることなく、ブログという有効なツールを活用し、自分なりに少しでも、できること、ブログでも、世間を動かすことができること

これらを再度、確認いただきたいと思います。ブロガーではなく、一人の人間として。

関連カテゴリ:「新潟中越地震
2004.12.23 Thursday | 新潟の地震関連 | comments(2) | trackbacks(2)

是非、ご覧下さい。「山古志村」

 過日、このブログでもご紹介した通り、今日の、NHK総合、午後11時から、「にんげんドキュメント」で、「山古志村の牛飼いの方々の被災から50日間の記録」が放映されます。以下、「NHK にんげんドキュメント」からの引用です。
(下記の引用文はNHKに帰属します)
新潟県中越地震で大きな被害を受け、全村避難を余儀なくされた山古志村。帰村の目処が全く立たない中、村の伝統産業である闘牛を守ることで、地域の絆を取り戻そうとする必死の取り組みが続けられている。
 「牛の角突き」で知られる越後闘牛は、600年以上の歴史を持つ国の重要無形民俗文化財だ。先月25日、全村避難が決まり、村人たちは飼い主についてくる牛を断腸の思いで残し、自衛隊のヘリコプターに乗り込んだ。
 NHKでは2000年10月、「小さな旅」で山古志村の闘牛に情熱を燃やす人々を描いた番組を放送した。今回、当時と同じスタッフが番組で取り上げた牛飼いたちの“地震後”の今を再び取材している。「牛じい」と呼ばれる村いちばんの牛飼い、松井治二さんは闘牛を守ることが村の人々が故郷に戻るきっかけになると信じ、残された牛の救出に奔走している。その一方で生活の見通しが全く立たない中、長い間家族同然に暮らしてきた牛との別れを決断した人もいる。
 村のシンボルだった闘牛を守ることで、奪われた故郷を取り戻し、復興に取り組もうとする人々の苦難の冬を追う。

 是非とも、ご覧下さい。(NHKはいろいろと騒動を起こされていますが、その点は今晩は、忘れていただいて)
 お時間の都合などで見逃された方は、再放送もあります。今晩の放映後、「NHK にんげんドキュメント」のサイトでご確認下さい。

関連カテゴリ:「新潟中越地震
2004.12.17 Friday | 新潟の地震関連 | comments(0) | trackbacks(1)
是非、ご覧下さい
ティファニーのテーブルマナー
ティファニーのテーブルマナー (JUGEMレビュー »)
W.ホービング
私がホテルマン時代に上司からこれだけは読めと言われた、テーブルマナーを知る基本の書籍。

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