ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

 サン・アクト株式会社は京都で、環境や緑化だけでなく、
深く多様な衣食住空間をできる限り発信することを目指す企業です。
 ベンチャー企業社長である、私自身が語る挑戦と苦闘の日々。
また、妻と5人の子供達の歩み、そして様々な方へ、私なりの思いをこのブログで発信続けていきます。
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2018.02.03 Saturday | - | - | -

T大学の皆様、ありがとうございました。

 過日のエントリである「プロから評価される、そして長い付き合いどちらも重要」で下記のように私は書きました。
 数週間前、米国時代の私の友人(この方は大学の先生、凄い!)から、学生さんの合宿を9月上旬にするとの連絡がありました。そして、私が学生さんを前に「お話」をして欲しいとの依頼もありました。
(中略)
 ちなみに、「お話」するにあたって、「この私のサイトを学生さんには事前に読んでもらうこと」を必須課題として、友人の大学の先生にはお願いしておきました。

 ということで、昨日、15:30からT大学の学生さん約20名を前にして、「お話」をさせていただきました。自分の会社の紹介をしても、あまり学生さんには面白くないと考え、私の今までの人生について語ることとしました。

 お蔭様で予定の2時間はあっという間に過ぎ、少しは学生さんの参考になったかと思っておりますが、実際のところどうだったのかは、わかりません。17:30に「お話」を終え、学生さんが予約したそのまま歩いて数分の居酒屋へ直行。なかなかの味を提供する店(参加者しか分からない微妙な表現です)でしたが、数名の学生さんから「聞きたいことがあるんですが?」といった感じで話しかけてもらい、「あぁ、少しは私の話も参考になるとことがあったのかな」と一安心でした。
 その後、学生さんと別れ、米国時代の私の友人と二人で「第二事務所」へ移動。20時頃から二次会スタートで終わったのが23時少し前といった感じです。何といっても、この私の友人(T大学の先生)と会うのは12〜13年ぶりです。やはり米国留学時代の思い出話に終始しました。

 米国留学時代、私が住んでいたマンションはある意味、溜まり場でした。要するに私の部屋にみんなが集まって一緒に勉強するということです。今、神戸で社長をやっている友人は、いつも「ただいま〜」と一言、発しながら私の部屋で勉強開始。そんな感じの毎日を今回のT大学の先生とも共に過ごしていたわけです。

 さて、二次会後半からは私のこのサイトの話となりました。T大学の先生は今も私のことを米国時代のニックネームである「KOJI」と呼ばれます。ちなみにT大学の先生は私とほぼ同じ年代の女性です。

「ねぇKOJI、あなた、よく毎日、あんなにたくさんいろいろと書けるわね」と先生。
「いや、最近はあまり書けていないんですが、慣れると書けるようになりますよ」と私。
「いや、私なんか絶対、無理だわ」と先生。

 こんな感じで会話が進んでいったのですが、この先生、ありがたいことに本当に毎回、私のエントリを読んでいただいているようです。

「KOJI、一言だけ言わせてもらってもいいかしら」と先生。
「はい、何でもどうぞ」と私。
あなたの文章、長過ぎるの」と予想通りのコメントが先生から。
「いや、でも最近は、結構、短いでしょ」と私。

「最近、短くなったことは認める。またKOJIなりの文体や流れがあって、これはこれでおもしろいんだけど」と先生。
「いや、私のある程度、長めのエントリを楽しみにしている人もいると思いますよ」と弱気の反論をする私。

「いいの、起承転結が必要かもしれないけど、起と結で終わるくらいにしないと」と先生。
「とりあえず画面をスクロールしなくても済むくらいの文章量にしてほしいなぁ」とまたしても先生のご指摘が。
「はい、了解しました。スクロールしなくてもいいくらいの文章量にこれからはします」と私。

 こうして、会話は進み、お開きの時間となったわけですが、「私のこのサイトを事前に見ること」を今回の「お話の宿題」として学生さんに依頼していたわけですが、先生いわく、わざわざプリントアウトして、新幹線の移動中に読んでいた学生さんもおられたそうで、何とも迷惑なことを宿題としてしまったな、と少し反省しております。

 最後になりますが、T大学の学生の皆さん、そして先生、本当にありがとうございました。学生の皆さんは今頃、京都の町を歩き、企業訪問やインタビューをされていることと思います。学生の皆さんそれぞれ違った個性を持っておられる方ばかりで、期待しています。また何かの機会があったら気軽にご連絡下さい。そして、先生、また近いうちにお会いできればいいですね。
 二時間という短い時間でしたが、私が話したことの一つだけでも皆さんの心に残っていれば、それだけで私はうれしく思います。

 以上、いつもの文章量とあまり変わらないエントリとなりましたが、御礼とご報告を兼ねて。

起業家ブログ:このリンクか、下記バナーを是非ともクリック下さい。

2006.09.12 Tuesday | MBA時代の思い出 | comments(2) | trackbacks(0)

UFOを見た私達

もう10数年以上も前のこと。詳細はすっかり忘れてしまった。それは、米国留学時代にアリゾナ州のビジネススクールに通っていた頃のこと。いつもお世話になっていた(いや、私もいろいろとお世話したかも)、友人と私の車でどこかに行った際のこと。

車を降りて、ふと夜空を見渡すと満点の星空。ところが一つだけ星とは少々違う飛行機のような動きをしている光る物体が。もう一度、良く見ると飛行機のように直線的な動きをしているだけではなく、左右に動いている。

「○○さん、ちょっと見て!! あれ」
「何よ、KOJI?」
「あれ、UFOじゃないですか?」

二人で、光る物体の動きを見ていた。どうみても動き自体が飛行機とは違う。もちろん星のように止まっているわけでもない。

「うん、KOJI、あれはUFOよ。」
「やりましたね、生まれて初めてUFO見ましたね!!」

二人は、なぜか大喜びしていた。お互い、日本人なのに私はKOJIと呼ばれていた。そして、これからもKOJIと呼ばれるだろう、お互いの若かりし時代を共有した仲間として。

あれから十数年。

一緒にUFOを見た方は、ビジネススクール卒業後、さらに日本で学び、博士号まで取得。かくいう私は、紆余曲折しながらもベンチャー企業社長として日々を過ごしている。

なぜか知らぬが、UFOを見た方は私のブログを発見され、私のサイトの過去記事もある程度、ご覧いただき、私の人生の紆余曲折をご理解いただいた。そして、これから「応援するよ」というエールも頂戴した。ありがたい話である。実名でブログを運営している醍醐味の一つかもしれない。

私のサイト、記事は冗長であり駄文が多い。句読点もまちまちである。ビジネススクール時代に論文の書き方については、徹底的に教えられた。今の私の文章は思いつくままに書いており、論文とは、ほぼ正反対の文体となっている。本来ならば、もっと論理的な文章を書くことができるのだが、我ながら、恥ずかしい状態である。

ただ、UFOを見た方だけでなく、ごくわずかの方々ではあるが、私のブログを毎日、楽しみにしていただいている方々が存在する。またブックマークいただいている方々もおられる。まずは、私の拙いブログをご愛顧いただいている皆様に心より「ありがとうございます」と声を大にして言いたい。

そして、この男を応援してやろうという方もブログを通じて出会った。そして、実際に具体的な応援を頂戴した。

また、何人かのブロガーの方にも出会い、そしてまた近いうちに出会う。近いうちにブログというツールを利用するかはともかく、「大きな動き」をしたいと考えている。しかし、ある方はわざわざ、大きな動きを表明し、賛同者を得なくとも、静かに動き、そしてその動きがまともであれば、自ずと賛同者は得られる、とのご指摘もあった。そうかもしれない。異論も反論もまったく無い。

ただ、一言。

私が代表であるサン・アクト株式会社は、「衰退した樹木を回復させる」という、極めてニッチな事業を推進している。もしかすれば日本の一部の地域だけにしか受容されないビジネスかもしれない。だから、私自身が先頭に立って大きな声をあげ、我々が事業としてやっていることを声高に叫び、
世間にアピールし、多くの方々に賛同を頂戴する。これが唯一、我々の存在を認知していただくアプローチである。

多くの方は、私が事業の説明をすると「良いことをされてますね」と言われる。我々は企業体であり慈善事業をしているわけではない。良いことをすれば、自ずとビジネスとして成功するかと言えば、残念ながら、世の中、そんなに甘くは無い。

だから、自分の動きが正しいと思えば、そして、自分のやっていること、やろうとしていることについて、私は賛同者を得るために、正々堂々と声を大にして叫ぶ。

そう、これが私のやり方であり、私が今までに培ってきた生き方である。他の方がどう言われようとも、これが私のやり方。数百億の負債を抱える経験をし、そして、今、自分の家族だけでなく社員一人一人、そして彼らの家族を自らの背中に背負っている経営者トップとして避けて通れない生き方である。
2005.05.08 Sunday | MBA時代の思い出 | comments(2) | trackbacks(1)

MBA留学生活第四弾

研究員の日々雑感様」の緩やかなリクエスト、そして「MBA」というキーワードでの検索が最近、多いという事実から、MBA留学生活第四弾です。
(※残念ながら「研究員の日々雑感」というサイトは閉鎖されております。)

第三弾では、アリゾナ州でのコミュニティカレッジで単位取得のために通ったということで終わっています。これがどういう意味かで、blogは終わっています。

MBAで科目を選ぶ際に、既に日本の大学で学んだことや上記コミュニティカレッジで単位取得していると、ビジネススクールで取得する科目が減ります。

要するに、既に勉強し、単位取得しているものについて、再度、ビジネススクールで勉強する意味は無いという考えからです。換言すれば、例えば日本の大学で商学部出身の方で管理会計や財務関連を単位取得された方は、わざわざビジネススクールで同じ科目を勉強するのは非合理的という考えです。

私の場合、同志社大学経済学部だったので、極めて、ビジネススクール的な科目の履修は無かったので一苦労、あるいはコミュニティカレッジでの単位取得という手段が早期卒業の近道だったわけです。

さてさて、今まで述べてきたアクションはともかく、私なりに米国でのMBA取得のメリットを列挙します。

1)MBA取得後、10年以上経過しますが、「英語に対する不安感が無い=最新の情報はやはり海外。恐れも無く、違和感も無く、海外最新情=英語、に関するアプローチが可能」となります。

2)経営の基本が学べる=私の場合、いわゆる「簿記」は英語で勉強が初めてでした。「簿記は、極めて初心者にはわかりづらいもの。これを英語で勉強すること=必死に勉強=頭に入る=起業しても役に立つ=日々の自社の財務諸表の変化に対応が可能=結果として実践的なものになる」と言えます。

3)「精神的に強くなる。これが一番」かもしれません。多国籍の方々と触れあうわけで、暑いと感じる留学生は、すでに半袖、でも暑くないと感じる留学生は長袖のまま。要するに、日本のように、一律で夏服とか冬服といった感じで、一斉に服装を変える、というコンセプトそのものが無いわけです。これは留学しないと理解できない考えかもしれません。

4)今でも、なぜか「リスニング・リーディングについては、衰えていない」ということ。スピーキング・ライティングだけは機会が無いので衰えていることは事実です。

蛇足になりますが、日本人の場合、事前に自分なりに想定問答集的なものを考えて、コミュニケーションを図ろうとしますが、全然、意味が無かったというのが私の経験です。想定問答なんか関係無く、簡単に意志疎通が図れる国、それが米国であり、あるいは日本に極めて欠如している風土だと思います。

参考:「MBA時代の思い出
2004.07.12 Monday | MBA時代の思い出 | comments(2) | trackbacks(0)

MBAお薦めサイト

私の留学先母校であるサンダーバードが良く紹介されているサイトがあります。「サンダーバード国際経営大学院」という日本語サイトです。

一見の価値がありますのでご参考までに。ちなみに私が留学していた頃の大学名は、「American Graduate School of International Management」だったのですが、今は「The Garvin School of International Management」になったようです。なぜでしょうか?

参考:「MBA時代の思い出
2004.06.22 Tuesday | MBA時代の思い出 | comments(0) | trackbacks(0)

MBA米国留学生活第三弾

ワシントンから、あと一息でアリゾナ州というところで、かの有名なグランドキャニオンがあります。

せっかくなので、グランドキャニオンを見学して、それから車に乗ったところ、どうも車の調子がおかしい。何とタイヤの重要な部分が折れていることが判明。近くのGSに行って(といいながらも歩いて40分)、一日がかりで治してもらって、ようやく「Thunderbird」のある「Glendale」の高速出口が見えてきました。長い旅路でしたが、あの時の感動は忘れません。

夜に着いたので、道路脇のサボテンが初めは人間に見えてびっくりしたことを覚えています。しかし、まだまだアクシデントは続きました。

何と平均気温40度以上のアリゾナで、着いた途端にエアコン故障です。ほとんど死ぬ一歩手前の車内でした。まずは車屋さんが近くにあるモーテルに宿泊して、エアコンを直してもらうことに。

しかし、カードやチェックでは駄目で現金しか受け付けないという米国では珍しい車屋さんだったので、急遽、日本から送金依頼。もちろん数日を要したため、アリゾナという車が無ければ生きていけないところを歩きながら、いろいろとチェック。

結局、車は治ったので大学院の次のセメスター(学期)まで数週間あるため、地元のCommunity Collegeで単位を取得するために通いました。

参考:「MBA時代の思い出
2004.06.16 Wednesday | MBA時代の思い出 | comments(0) | trackbacks(0)

MBA米国留学生活第二弾

過去のブログで私がMBAを米国で取得したことは報告した通りです。一年目は、ワシントンDCの「ジョージワシントン大学」、そこの「ビジネススクール」です。

米国首都ということで、様々な公的機関、そしてNYへ飛行機で1時間という便利なところでした。しかし、一年間過ごして、二年目のコア科目に良いものが無かったので、「アメリカ国際経営大学院」という「国際経営では全米一」のビジネススクールへ編入願いを出したところ、無事、合格。

ということで、ワシントンDCという東海岸から、アリゾナ州という西海岸まで、ワゴン車で約10日間かけて、引越し。大体一日600キロ(マイルだったかな?)走って、16時頃に国道を下りて、宿探し。アメリカのハイウェイ、いわゆる日本で言う高速道路は、もちろん無料。各出口の看板にマクドナルドやガソリンスタンド、宿泊地(モーテル)が、掲示されているので非常に便利です。お気に入りのモーテルに泊まるために出口を一つ超えると、数十キロ先にしか出口が無いこともしばしばなので、下手をすると泊まれなくなります。

宿泊地に着いて、地元のレストランで夕食するのが楽しみの一つ。
地元人にとっては、日本人、いやアジア人を見たことの無い米国人が
たくさんいるので、じろじろと見られながらもこちらは楽しく食事。
この経験が、かなり度胸をつけたと思います。


さて、朝食はガソリン入れながら、そこのコンビニで走りながらでも食べられるものを買って、出発。こんな毎日を10日ほど過ごしました。まだまだエピソードはありますので、また後日に。
2004.06.15 Tuesday | MBA時代の思い出 | comments(0) | trackbacks(0)

MBA、経営学修士

私が最終的に卒業したのはアメリカの大学院です。いわゆるMBA(経営学修士)というもので、「Thundebird(アメリカ国際経営学院)」というところです。

卒業生は、ユニクロやデルの社長など、結構、大会社で活躍しています。私は、最初、ワシントンDCにあるジョージワシントン大学の大学院(「George Washington University School of Business and Public Management」へ入学。一年間そこで経営の基礎を勉強したのですが、二年目に基礎をもとに専門分野に集中するわけですが、どうも専門分野に勉強したいものが無かったため、編入という形で「Thunderbird」へ行きました。

海外で学ぶことは非常に自分にとって良い経験になりました。そしてワシントンからアリゾナへのアメリカ大陸大横断など、おもしろい経験もしました。

また、詳細は今後のいつかのエントリで、お知らせします。
海外留学をお考えの方に参考になるように・・・

参考:「MBA時代の思い出
2004.05.29 Saturday | MBA時代の思い出 | comments(0) | trackbacks(0)
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