ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

 サン・アクト株式会社は京都で、環境や緑化だけでなく、
深く多様な衣食住空間をできる限り発信することを目指す企業です。
 ベンチャー企業社長である、私自身が語る挑戦と苦闘の日々。
また、妻と5人の子供達の歩み、そして様々な方へ、私なりの思いをこのブログで発信続けていきます。
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情報の海におぼれないために

少し聞き覚えのあるフレーズかもしれません。

さて、私の家では子供の誕生日当日に、その日の新聞を買います。どの新聞でも構わないのですが、彼らが生まれた日に日本では、世界では何がおこったのか。そして、彼らが成長し、将来、生まれた日の新聞を読む時に、その時点と比較して何がどう変化しているのかを知ってもらいたいためです。

中学生になって、自分の生まれた日に何が起こったのか、高校生になって生まれた日に何が起こったのか、そして20歳になって、自分の生まれた日に何が起こったのか。成長過程に合わせて、感じることも変化し、そして成長過程によって、その時代の流れと比較することは重要だと考えるからです。

私自身も今、思えば、「自分が生まれた日の新聞を読みたいな」と感じます。恐らく皆様もそうだと思います。
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今では、どんな情報も本当に簡単に手に入れることが可能となりました。米国留学時代は、まだまだネットが普及しておらず、膨大な規模の図書館で資料を探すことに格闘していました。ただ格闘することで的確な情報を得る能力は養われたと思っています。

換言すれば、もっと昔の方は、少ない情報の中で、そして限られた情報の中で、何回も自分なりに考え、解釈し、理解を深めていったといえるでしょう。限られた情報から自己の知識へと変換していく技術を自然と学び取り、蓄積していけたわけです。そうせざるを得なかったとも言えます。

他方、現在のように膨大な情報社会においては、どの情報が正しいのか、あるいはどの情報を選べば良いのかに終始し、自己の知識を深めるスキルを取得する、また「情報を味わい尽くす」といったことは望みたくとも容易には経験できない状態にあるでしょう。
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少し話を変えてみます。

1884年(今から120年以上も前)に生まれた私の祖父は、「新聞紙のようになれ」と盛んに説いておられました。情報を提供する新聞、寒いときに背中に入れるだけで僅かながらも暖をとれる新聞、割れ物を包むこともできる新聞、野菜までも包むことができる新聞、といったように「場面に応じて様々な能力を発揮できる新聞のような人間」になれということです。

新聞の善悪はともかく、使い手次第で、新聞もまったく他の機能を持つことができる、逆に言えば、情報社会という現代においても、使い手次第で、様々な情報源は非常に有効な武器になるといえるでしょう。
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ただ注意しなければならないこと。

それは、現代の情報の海は、「大海でおぼれる可能性が高い」ということ。そして、使い手として自ら強く意識しなければすぐに、おぼれてしまう、また「自分がおぼれていることすら認識できない可能性が高い」ということだと私は思います。

特に、限られた情報から切磋琢磨し、思考能力を深める、高めるといったことは、自ら相当な努力をしない限り楽な方向に流れてしまいます。

人間の思考は、様々な情報化によって、「広く」なっています。少しネット上で調べるだけで、多様な情報が獲得でき、かつ浅いながらも知識を得られることが可能となりました。しかし、確固たる情報を提供している方々は自分の足で歩き、調べ、そして確信を持って、内容について世間に出されているという背景を忘れてはなりません。ネットという媒体とは関係無く、内容・コンテンツには必ず努力が隠れているわけです。

どの情報が正しいのか、どの情報を選べば良いのか、これらのスキルはできる限り、若い頃から取得すべきだと思います。そうすることによって、情報の提供側に対し、あるいは情報そのものにおいて、ありがたみ・感謝の気持ちが生まれ、結果としてその情報を大切にし、味わい尽くす姿勢が生まれると思います。

情報という大海に漂流し、仮想と現実の区別がつかなくなってしまう前に、そして「思考の広い人間」ではなく「思考の深い人間」になるために。今一度、自分として信頼のおける情報源を持ち、味わい尽くす姿勢を持っていただきたいと自戒の意味も込めて、皆様にお伝えしたいと思います。情報源は書籍でも新聞でもネットでも何でも構いません。直接、対峙する姿勢が重要なのです。直接に対峙すれば、自ずと味わい尽くす姿勢は生まれると私は考えています。

誰もが読みたいであろう自分の誕生日当日の新聞。今までお伝えしてきた「ありがたみ」と「味わい尽くす」という意味において少しはご理解いただけると思います。少し抽象的な今回のエントリーではありますが。
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2005.03.15 Tuesday | 経営的視点 | comments(8) | trackbacks(1)

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2017.09.10 Sunday | - | - | -

皆様のコメント

こんばんわ、小島さん、ヤースです。
自分の誕生日の新聞は、各社の端末で見ることができます。
数年前、東急ハンズの店頭で、数百円を払えば、たちどころに手に入れることができました。(私の誕生日のものもありました。)
データを保存する手段さえ、確立されれば、それほど大変なことではないのでしょうね。
日本中で、ただ一人しか持っていない新聞でも、データベース化できれば、万人が共有できるんですね。
後からなんとでもなるという環境なら、その日に「思い」を込めて取っておくという、行為が大切になってきますね。
「思い」は、後から繕うことはできませんからね。
私も、子供たちの生まれた日の新聞は取っています、もう黄色く変色していますがね・・・。

新聞の使い方も、頷きました。
でも、情報を的確に伝えることができなくなったとしたら、その後の物を包むといった使用法のためには、あまりにも高価ですね。
お皿を包むのに、数枚の紙切れに百数十円とか払うのは、惜しいですものね。
結局は、本質が大事って事でしょうかね。
ブレないことが大事な世界になってますよね。
ヤース | 2005/03/15 10:17 PM
ヤース様、コメントありがとうございます。

ヤース様も新聞を残されているのですか。ヤース様も恐らくご理解いただけると思いますが、新聞内容よりも親が子供に実物の新聞を生まれたその日に買って残すという行為が大切だと思います。親にとっても、子にとっても思い出になります。(お蔭様で5人もおりますので)

そうですね。新聞でなくても割れ物を包むことができるものは確かにあります。ただ、新聞は翌日には古新聞。これは他に事例があるかもしれませんが、一日で鮮度が、価値が瞬時に激変する少し特異な世界です。

だからこそ、新聞も情報を手に取る人間も本質を見失わないようにすることが大切だと思います。

最後になりますが、誕生日の新聞は古新聞であろうと情報を伝える媒体であろうと、私や子供にとっては新聞を超越した宝です。そんな宝をたくさん個々が持ってほしいという願いが今回のエントリーの最大の目的かもしれません。
小島愛一郎 | 2005/03/16 12:17 AM
小島さん、こんにちは。
我が家では3人の子ども達が生まれた日の新聞を、それぞれ保存しています。
当日の朝夕刊と翌日の朝刊です。
たまに取り出して見てみると、その当時のことを思い出します。
テレビ欄などは、違う意味で懐かしかったりしています。
ひなこ | 2005/03/16 9:05 AM
>ひなこさん、ご無沙汰しております。

当日の朝夕刊と翌日というのは、すごいですね。
またテレビ欄に着目されるとは少し私の視点からなかったことです。
私は、子供が生まれると、前の子供の生まれた日の新聞を見ます。
というのも生まれて1、2年は大変な時期ですが、
その大変さをすぐに忘れてしまいます。私は。
そういう意味では、新聞を見ることで新しく生まれた子供を前に新たな気持ちで接することができるものの一つとして新聞は私にとって重要な役割を持っています。

最後になりますが、是非とも気楽に今後ともコメントの程、よろしくお願い致します。
小島愛一郎 | 2005/03/16 6:32 PM
小島さん、こんばんは。

さきほど最新記事をTBしたのですが、ザウルスからは遅れなかったので、コメントでお許しを。

情報の大海の話は同感です。知識ばかり増えても思考力がついてこなければ、ただの「耳年増」になってしまいますね。

知識と思考力と表現力をバランスよく鍛えることが必要だと思います。
あざらしサラダ | 2005/03/16 9:42 PM
あざらしサラダ様、コメントありがとうございます。

「★ブログは最高の学校だ」も拝見しました。
(最新エントリーも拝見!! )
「耳年増」とはさすがの表現ですね。あるいは「頭でっかち」といったところでしょうか。
何事にもバランス感覚は重要です。でも、そのバランスさえもどれが正常なバランスでどれが異常かも分からない世の中になってしまいました。
やはり、誰かがどこかで指針を作らないと、大海におぼれてしまいますね。
小島愛一郎 | 2005/03/17 10:45 AM
小島さん、こんにちは。
dawnさんとのオフ会は盛り上がりましたか?

ネットの普及により、以前とは比較にならないほど情報があふれている現在、「情報の大海」に「羅針盤」が必要だということだと思います。そして、自分のブログも、そんな「羅針盤」であれたらいいと思って努力していますが、なかなか難しいですね。(笑)
あざらしサラダ | 2005/03/19 12:25 PM
あざらしサラダ様、いつもながらありがとうございます。
dawn様との会食は、非常に盛り上がりました。
そして、私も勉強になりました。良い一夜でした。
やはり、ブログからリアルは違います。
リアルへの窓口としてブログは最適ですね。
いわゆるwebsite、ホームページでは成し得ないことを
ブログは成立させてくれると思います。

さて、羅針盤の件ですが、十分にあざらしサラダ様は、その立場におられると思います。私は羅針盤など到底、無理ですが、船長では無く、大海原で航海している船の先端で、叫ぶことはできると思います。

いつでもお手伝いはできますので。。。ご用命を
小島愛一郎 | 2005/03/19 2:35 PM
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★ブログは「最高の学校」だ | あざらしサラダ | 2005/03/20 5:40 PM

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