ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

 サン・アクト株式会社は京都で、環境や緑化だけでなく、
深く多様な衣食住空間をできる限り発信することを目指す企業です。
 ベンチャー企業社長である、私自身が語る挑戦と苦闘の日々。
また、妻と5人の子供達の歩み、そして様々な方へ、私なりの思いをこのブログで発信続けていきます。
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2018.08.01 Wednesday | - | - | -
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負の心のスイッチを防げ

これはメディア論でも何でも無い。単に子供を持つ一人の親として、思うことである。

昨今、幼い子供たちが痛ましい事件の被害者となっている。
そして、遺族や友達、関係者の方々も被害者と言える。

犯人が一刻も早く捕まることを私は否定しない。当たり前の話である。

しかし、毎日、ネットや新聞、そしてテレビなどで、様々な報道がなされている。

事件があった場所に「複数の足跡が残っていた」
「複数の血液型が見つかった」
「手首と口にテープ痕があった、無抵抗か」
「犯人の汗か? DNA鑑定へ」
「腹に複数の刺し傷が」
「司法解剖した結果・・・」
「猟奇的犯行か?」

そして、幼い子供が遺族や友達と別れを告げる式までもが放映される。

そこまで、全国民に向けて伝える必要があるのだろうか?
こんなことを新聞やテレビで毎日のように伝えることで、犯人はすぐに捕まるのか?
------
もし、自分の子供が行方不明になった、殺害されてしまったとしよう。
考えたくもないが。

新聞の記事を見て、捜査が進展していると私は、安堵するだろうか。積極的にテレビをつけて、今、世間ではどのように報道されているか私は、確認するだろうか。

私は、そうは思わない。恐らく新聞もテレビも、もちろんネットさえつながないだろう。

いくらマスコミが報道を自粛すると言ったとしても、自宅の周りに見知らぬ人が一人でもいれば、私は、マスコミと思うかもしれない。一人でも、百人でも、人数なんて、まったく関係の無いことだと私が当事者になったなら思うだろう。

私は京都に住んでいる。

しかし、当たり前のことかもしれないが、北海道から沖縄まで全国各地で報道されるだろう。もしかすれば、寝転がりながらテレビを見ている人がいるかもしれない。そんなことを想像すれば、「寝ながらテレビを見る暇があれば、京都まで駆けつけて少しでも何か協力すればどうなんだ!」と思うかもしれない。

いや、そんなことを思う余裕も、皆無なのが現実かもしれない。

そして、犯人が捕まった時。

新聞もテレビも、雑誌も、すべてが様々な表現で報道するだろう。

良く使われる表現かもしれないが、失われた命は戻ってこない。

しかし、新聞もテレビも雑誌も、様々な形で現物が残る。過去のものとして、将来にわたって。そして、また新たに同じような事件が起きたとき同じ繰り返しが行われる。そこでも被害者も加害者も、そして報道された内容そのものも、常に残り続ける。

もし、十数年後、偶然、どこかで過去に報道された記録を見た場合、私は、どんな気持ちがするだろうか。
------

少しだけ話を変える。

JRの脱線事故が起きた際も様々な報道がなされた。今、世間の注目を集めている耐震強度偽造問題でも様々な報道がなされている。これらについても過剰な報道は存在している。そして、いずれの事件も、被害者も加害者も存在している。

しかし、被害を起こした側や行政は、報道という波によってそれなりの様々な対策を講じた。効果があったか、評価できるものかどうかはともかく、そしてもちろん報道だけで動いたわけでもないと思う。あるいは、耐震強度偽造問題においては、改めて業界が襟を正す姿勢が生じる可能性もある。もちろん、氷山の一角に過ぎず、いつ発覚するか今もおびえている人々や企業もあるかもしれない。しかし、これも一つには、報道という波が引き起こしたもの。

いずれにせよ、これらの事件についても、被害者の方々も、そして加害者のいずれにおいても、様々な報道を、知りたくも、見たくも、聞きたくも無い人が必ず存在していると思う。
------

しかし、今回の一連の幼い子供たちへの事件は、まったく違う意味があると思う。

もちろん、いずれの事件にも、何度も言うが被害者も加害者も存在している。しかし、連日の、そして過剰な報道を耳にする、目にする人々の中に、これらの報道の波によって、彼らの心の中に潜んでいた「負の心のスイッチ」が押されてしまう危険性があるということ。

暴論、極論、そして異論もあるかもしれない。しかし、潜在的に犯罪者に成り得る可能性のある人間が、報道の波によって、顕在化する可能性が無いと、完全に言い切ることはできないと私は思う。

現実に、報道だけでなく、事件が起きた周囲の子供たちには、上述した「負の心のスイッチ」と正反対の「心のスイッチ」が入り、様々な思いをしているのではないだろうか。もちろん両親たちも。そして、この「心のスイッチ」は、全国に伝播しつつあると私は思う。

報道の波によって、「負の心のスイッチ」が押され、それが現実にならないことを私は願う。
2005.12.08 Thursday | 社会への思い | comments(4) | trackbacks(0)

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2018.08.01 Wednesday | - | - | -

皆様のコメント

小島さん

お久しぶりです。e売るしくみ研究所の山本です。

今回のエントリーちょうど、かみさんとニュース見ていて同じことを話していたのでコメントしました。

最近のニュースは殺害状況などを細かく説明しすぎだと思います。

今回の今市市の女の子の話は、かみさんは聞いていられなくてチャンネルを変えたと言ってました。(殺害方法を想像させるような報道が必要あるのか???)

さらに、ニュースが探偵のような犯人予測までしていて・・・恐らくニュースを見ている犯人は笑っているのでないかと思います。

報道のあり方をもう少し考えてもらいたいですね。
数字を見るスポンサーの方ではなく、被害者の方々やそれをみている不安な視聴者に向けて・・・
e売るしくみ研究所の山本様、コメントではご無沙汰しております。

実は私も妻と同じ会話をしていました。
妻も私もワイドショーなどは、ほとんど見ないのですが、新聞だけをとってみても、おっしゃるように、そこまで書く必要があるのかという点と、私がこの記事で書いたように負のスイッチが入らなければなと、つくづく感じています。

JR脱線事故の際は、脱線の映像も、ほとんど子供には見せませんでした。電車好きな子供にとって、どのように受け止めるか想像がつきませんので。

もちろん報道は必要なのですが、「出し手=報道」・「受け手=被害者・加害者」、そして「読み手=一般の方々や子供」、この中で「読み手」にも配慮が欲しいところですね。

ある程度、家庭で対処できるのですが、限界もありますから。
小島愛一郎 | 2005/12/09 12:39 PM
♪しばらくぶりです、こんばんは。
小島さんのお膝下で、また、不幸な事件が起きてしまいました。本当に、家庭でできる対処にも限界がありますね。
はっきりいって、社会が病んでいると思います。
古から、政治が荒れていた時代は秩序が乱れて治安も荒れていたと思うのですが、今の政治家の方々にそうした自覚があるのか疑問です。
何かを変えなければと思うのですが、個人レベルで何かできることはないでしょうか?
あざらしサラダ | 2005/12/11 7:44 PM
あざらしサラダ様、恒例の週末コメントありがとうございます。
本来なら週末中にコメント返信すべきところをすいません。
(ネットにつながず、すっかりDVDに夢中になっておりました。)

さて、京都で事件が起きてしまいましたね。今回の事件は背景が少々、今までの事件と違うようですが、いずれにせよ、それぞれの事件、家庭で対処するには限界があることを、毎回、明示しているようで、本当に不安に思う人が今も増え続けていると思います。

今の政治家で、現状について真剣に考えている人なんておられないと思います。
「社会が病んでいる」ということは、私は常にこのサイトで叫んでいることなのですが、個人レベルでは叫びつづけることしか無いかもしれません。

そして現実的には、個人・家庭で子供を守ることには限界を感じています。
しかし、ネット上で何か個人レベルでできることはないか模索しますので、何か良い案があれば、あざらしサラダ様もご一考下さい。
小島愛一郎 | 2005/12/12 10:18 AM
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