ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

 サン・アクト株式会社は京都で、環境や緑化だけでなく、
深く多様な衣食住空間をできる限り発信することを目指す企業です。
 ベンチャー企業社長である、私自身が語る挑戦と苦闘の日々。
また、妻と5人の子供達の歩み、そして様々な方へ、私なりの思いをこのブログで発信続けていきます。
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無難な言葉と思った瞬間に、その言葉自体が力を失うと私は思う



 「遺憾に思う」

 私は中学生時代に、この言葉を初めて聞いたが、何を言っているのか、その頃はまったく意味が理解できなかった。
 「非常に不適切であり、はなはだしく遺憾に存じます。関係者にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」といった企業トップの言葉も過去から散見される。

 外交表現で使用される「遺憾を表明する」といった文言は言葉の裏に隠されたメッセージが存在する場合もあり、今回は議論しない。

「遺憾に思う」は心に響かない

 普通の人間であれば「遺憾に思う」と言わず、謝るべき場合、「本当に申し訳ないことをしたと反省しています。心よりお詫び申し上げます」と明確な言葉で発する方が「力」が込められていると私は思う。
 また、残念に思う場合、「このようなことをされて、我々としては極めて憤りを感じています。是非とも謝罪していただきたい」とはっきりと伝える表現が適切ではないかとも私は考える。

 それとも、「遺憾に思う」と言う言葉の方が適切と考える、無難と考える方が多いのだろうか?
 少なくとも「遺憾に思う」という表現は私の心には響かない。普通の人間に対して「力」を及ぼす言葉でもない。恐らく多くの方も同様に思われるだろう。

何気ない言葉でも状況に応じた言葉には力がある

 馴染みのガソリンスタンドでは、給油後の一言がいつも違う。

 深夜遅くの帰宅途中の場合は「お疲れ様でした」。「旅行に行く」と言えば、「楽しい旅行を」。「高速道路で少々、仕事で長旅をする」と言えば、「気をつけて行ってらっしゃいませ」と毎回、違った言葉を残してくれる。
 どこのスタンドでも言う「ありがとうございました」という「無難な」言葉は発しない。このスタンドでは、給油する客との何気ない会話や状況で、帰り際の一言を変えていく。もちろん、少しは指導されているのかもしれないが、マニュアル化されているわけでもなく、マニュアル化できるものでもないだろう。

 こういった何気ない言葉でありながら、状況に応じた言葉が、お互いの気持ちを穏やかにしていくのではないか。そして、そこで発した言葉に「力」が込められるのではないだろうか。

不必要な言葉に力は無い

 馴染みのファミリーレストランでは、「いつものをお願いします」と私が言えば、「はい、かしこまりました」との一言で、コーヒーが出され、「ごゆっくりどうぞ」と笑顔で、また一言が加わる。
 客との会話が完全にマニュアル化されているファミリーレストランでさえ、時にはマニュアルを逸脱する場合がある。

 週に何度も通っている場所で、コーヒーしか頼まない顔馴染みの私に、マニュアル通りに長々と応対すれば、お互いに違和感を覚えるだろう。それよりも、コーヒーが出された時に「いつもコーヒーばかりですいません」と私が言うだけで、お互いに気持ちが通じる。

 時には必要の無い「言葉」もある。不必要な「言葉」には「力」は存在せず、逆効果しか生まれない。

言葉が足りなくとも力は込められ思いは伝わる

 数日前の仕事が一段落した夜、三男坊が初めて私の携帯に直接、電話をしてきた。泣き声だった。「パソコンでテレビを見たいが見ることができない」、何となくそんな内容だった。
 携帯を通じて彼が発した言葉に強い何かを感じた私は、すぐに自宅へ戻る準備をした。我が家にはテレビは一台しかなく、他の兄弟が他の番組を見ている。三男坊は巨人ファンで、何としてでも私のパソコンで終盤となった巨人戦を見たいのだと私は帰路の間、そう考えていた。

 帰宅後、まず、私のノートパソコンで巨人戦を三男坊に見せた。放映終了後、私のデスクトップパソコンでのテレビを見る方法を再度、三男坊に教えた。そして、テレビで野球中継をやっていなくともラジオで巨人戦を中継しているなど、詳細に教えた。
 しかし、一連の話を終えた後、三男坊はすぐに子供部屋に戻って行った。まだラジオで巨人戦を中継していたが、彼はラジオを聞くことも無かった。

 彼が、なぜ私の仕事中に生まれて初めて、直接、携帯へ電話したのか。

 それは、パソコンで巨人戦を見たかったのではなく、パソコンでテレビを見ようとしたができなくなったことを、「自分が父親のパソコンを壊してしまったと思った」からだった。単純に一つのケーブルが繋がっていないことが原因だったにも関わらず。
 「パソコンを壊した」と直接、言葉に発しなかった三男坊。しかし、彼の言葉に強い何かを私は感じた。直接的な表現でなくとも、私には彼の思い、気持ちが伝わった。

 言葉が足りなくとも、心が込められていれば力が、そして思いが伝わる、そんな出来事だった。

無難な言葉と思う瞬間に言葉の力は失われる

 人間は、窮地に追い込まれた時、必死に言葉を探す。その際に、無難な言葉、その場しのぎの言葉で終えようと思った瞬間に、その人から発せられた言葉は「力」を失ってしまうと私は考える。
 特に昨今では、「言葉狩り」・「失言探し」といった風潮があり、重責を担う方々は言葉を慎重に選びがちとなっている。そんな状況の中、当たり障りの無い無難な言葉を発してしまう可能性が高くなる。

 即答しなくてもいい。明瞭でなくともいい。極論すれば曖昧でもいい。しかし、無難にその場を終えようと言葉を探すのではなく、自分の本当の気持ちや考え、思いを正確に伝えたいと思えば、どんな言葉であれ「力」が込められ、そこから発せられた言葉は、相手の心の中に確実に入っていくと私は考える。そこには社会的立場など関係ない。日常での会話でもあらゆるところで、無難な言葉とそうでない言葉が入り交じり、ある人は信用を獲得し、ある人は一言だけで信頼を失っている。

 明確な言葉を発しなかった三男坊でさえ、父親のパソコンを壊してしまったかもしれないという自分の思いを必死に伝えたいという気持ちがあったからこそ、私は彼の言葉から何か強いものを瞬時に感じた。発する言葉には、年齢も関係ない。

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2007.09.28 Friday | 社会への思い | comments(0) | trackbacks(2)

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