ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

 サン・アクト株式会社は京都で、環境や緑化だけでなく、
深く多様な衣食住空間をできる限り発信することを目指す企業です。
 ベンチャー企業社長である、私自身が語る挑戦と苦闘の日々。
また、妻と5人の子供達の歩み、そして様々な方へ、私なりの思いをこのブログで発信続けていきます。
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心と精神の痛みが人の理性を奪う:その唯一の解決策

理性を失う時

 私にとって今までまったく知らなかった「いじめ」が全国で広がっているようだ。「肩パン」というものだ。以下に、「「「まったくのいじめ」“肩パン”で高校生ら3人逮捕」事件です‐事件ニュース:イザ!」より引用する。
 じゃんけんの勝者が敗者の上腕部付近を力一杯殴る「肩パン」遊びと称して中学生を殴りけがを負わせたとして、警視庁少年事件課は傷害などの疑いで、16歳と17歳の無職少年2人と、都立高校1年の少年(16)=いずれも東京都江戸川区=の計3人を逮捕した。

 「肩パン」と呼ばれる遊びは、中高生を中心に全国に広がっているが、立件されたのは珍しいという。

 調べでは、少年らは昨年11月15日午後6時10分ごろ、江戸川区小松川のショッピングセンターで、顔見知りの中学生2人に対し、上腕部をなぐるなどの暴行を重ね、1人に全治2週間のけがを負わせた疑い。

 「肩パン」は傷跡が外部から見えにくく、いじめにも利用されている。調べに少年らは「痛い目にあわせるのが目的で、まったくのいじめ」と供述している。

 ネットで「肩パン」を検索するとそれなりの数がヒットした。「肩パン - Wikipedia」には以下のように紹介されている。一部のみ引用しているが、リンク先には詳細が記載されている。是非、ご覧いただきたい。
 肩パン(かたぱん)は相手の肩にパンチを繰り出し面白がるという行為。肩パンチの略称。スキンシップ行為や罰ゲームなどの遊びの一種であるものの、過度の行為はいじめの一つとして問題視されている。

 「肩パン」はじゃんけんで勝った方が負けた相手の肩を思い切り殴るという一種の子供たちにとっては遊びのようなもの。顔ではなく外から見えない肩付近を殴るため、傷跡が見えず、殴り続けることでいじめにもつながり、引用した記事のように逮捕につながったのだろう。

 まさしく、「目に見えないいじめ」であり、「いじめなのか遊びなのかすらも目に見えない行為」だ。

 殴られる相手は当然、痛みを感じる。しかし、殴る方も痛みを感じるだろう。いくら遊びで慣れていると考えても、殴る方には必ず痛みが残るはず。殴られる方と同じ程度の痛みを感じるかもしれない。
 しかし、「いじめているという意識」あるいは「遊んでいるという意識」が「痛み」を忘れさせてしまうのかもしれない。あるいは「痛み」を凌駕した「心の中の楽しさ」といった何かが殴る側の意識に生じるのかもしれない。

 そして、その「痛み」を凌駕した何かが、過度の行為となり、理性を失わせるのではと私は考える。換言すれば、理性を失った行為には「心」と「身体」の痛みが伴うということだ。
 もちろん、暴力のプロといったいわゆる感情を持たない人間には、「心」にも「自らの身体」にも痛みは皆無だろう。「暴力の機械」のような存在だが、絶対数は限られているはずだ。

 さて、昨今、問題となった「大相撲・時津風部屋の力士急死事件」。「asahi.com:前親方、前夜の暴行黙認 正座崩すと殴るける 力士急死 - 社会」から、「心」と「身体」の痛みという視点から一部引用する。

 大相撲・時津風部屋の力士急死事件で、前時津風親方の山本順一容疑者(57)=傷害致死容疑で逮捕=が、斉藤俊(たかし)さん(当時17)が死亡する前日の昨年6月25日夜、正座を続けられない斉藤さんを「根性がない」となじって兄弟子に暴行させていたことがわかった。この暴行が続いた後、前親方がビール瓶で斉藤さんの額を殴って本格的な暴行にエスカレートしていった。

(一部割愛)

 前親方は斉藤さんが正座に耐えられない様子を見ると「お前は根性がない」と叱責(しっせき)。その後、斉藤さんが足を崩すたびに、兄弟子の伊塚雄一郎(25)と木村正和(24)の両容疑者=同=が殴るけるの暴行を加えたという。その暴行の様子を、前親方は黙って見ていたという。

 暴行が断続的に繰り返された後の同日午後8時半ごろ、酔いが回ってきた前親方はビール瓶の底で斉藤さんの額を続けざまに4、5回殴打しはじめた。最後の1発が額を強打して出血した。

 前親方は伊塚容疑者らに「お前らも教えてやれ」などと指示。藤居正憲容疑者(22)=同=が「根性を入れ直します」と言って、3人で宿舎裏のけいこ場に連れだし、鉄砲柱に縛り付けて平手打ちを繰り返すなどの激しい暴行が始まった。木の棒も持ち出され、打ち据えられた斉藤さんのうめき声は大広間まで聞こえたが、前親方は黙認したという。

(一部割愛)

 この引用部分だけを見ても、これが「人間がすることか」と思うのは私一人だけでは無いと思う。
 私は相撲界は門外漢だ。ただ、「けいこ」と称した「しごき」に似たものが角界に過去より存在していたことは各種報道などで以前より承知している。

 親方の言うことには絶対に逆らうことができない世界。そうだとしても、私には重複になるが「人間がすることか」と恐怖感さえ覚える。

 亡くなった力士の方が暴行を続けられていた際、彼には「肉体的な痛み」だけでなく、恐怖感や絶望感といった「心の痛み」も感じていただろう。そして、日常的な出来事なのか、それとも日常的な行為を逸脱していたのか私にはわからないが、暴行を続ける兄弟子達という存在と現実。
 兄弟子達も亡くなった力士を殴り続けることで自らの手足に「肉体的な痛み」を感じたはず。そして、続けざまの暴行で刻々と変化していく力士を見て、彼らは躊躇に似た「心の痛み」も感じたに違いない。そうでなければ感情を持った人間とは言えないと私は思う。

 しかし、暴行を続ける「肉体的な痛み」と「やり過ぎではないか」という葛藤心に似た「心の痛み」があったとしても、親方の視線、時には目に見えない視線を感じた兄弟子達がついに彼らの理性を失わせた。

 そして、理性を失った行動は、残念な結果を生じさせた。

 「いじめ」や「殺人」といった様々な事件。事件化、表面化していなくとも、どこかで起きている事象。そこには必ず最初から最後まで「心」と「身体」それぞれの「痛み」が混在していると私は考える。そして、何かの引き金、何らかの段階で、「心と身体双方の痛み」は意識から忘れ去られ、理性を失い、そして残念な結果が生じる。

 これは、どんなに理性を持った人間でさえ、極限状態に追い込まれれば、あり得ること。私自身も例外とは言えないだろう。

 残念な結果、理性を失った結果を避ける唯一の方法は、効力が少ないと思われるかもしれないが、「心の痛み」あるいは「身体の痛み」を感じた最初の段階で、行動をとめることしかないと私は思う。
 たかが、じゃんけんで負けたから肩を殴るという行為。「根性がない」から「根性を入れ直す」ために暴行するという行為。いずれも、最初の段階で誰かがやめなければ、その行為を続けていくどこかの段階で人間は理性を失ってしまう。

 最初の段階でやめることは無論、難しいとは私も思う。特に絶対的権威者が存在する親方の存在を超越し、やめることは当事者の死活問題にもなりかねない。しかし、最初の段階でやめるということ、そこにしか解決策は無いと私は考える。
 そのためには、使い古された言葉かもしれないが、「やめようと言う勇気」、「やめるという勇気」が最後の砦、唯一の解決策だと私は思う。

 どんなに背後に圧力があったとしても、誰かが「やめる」、あるいは「やめよう」と言うこと、そして実際にやめること。この最後の砦を守ることそのものにも「勇気」は必要となる。
 そして、やめたことで、避けられた結果を考えれば、「勇気が最後の砦であることを確信する」のではないかと私は思う。


 残念な事件や事象をこれ以上、避けるために、必要であり唯一の解決策。それが、勇気だとが私は考える。
 勇気さえあれば、悪い行動も抑制され、勇気さえあれば、自分自身を変えることもできると私は信じている。

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2008.02.13 Wednesday | 時事問題への思い | comments(0) | trackbacks(0)

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